東京の芸術家集団が飛行機雲で「ピカッ」の文字を広島市の上空に描いていた問題で、この芸術家集団の展覧会が会期途中で終了していたことが23日、わかった。
展覧会は東京・高円寺で開催されていた芸術家集団「Chim←Pom(チン←ポム)」による作品展「オーマイゴッド〜気分はマイアミビーチ〜」。
会場のホームページによると、この展覧会の終了予定日は10月25日となっていたが、問題が発覚した直後の22日に急遽終了となった。
突然の終了について、会場のホームページには「諸事情により本日(10月22日)をもちまして終了とさせていただきました。突然のことで誠に申し訳ございませんが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます」とされている。
「Chim←Pom」は男女6人の芸術家集団で、21日午前に広島市上空でチャーターした軽飛行機で片仮名で「ピカッ」の白い文字を5回にわたって描き、メンバーが平和記念公園などからビデオと写真で撮影。平和を訴える現代美術作品の素材にするため原爆を意味する言葉を表現したとしていたが、被爆者や市民からは「いくら芸術のためでも不快だ」との声が上がっていた。
ちょい長いんで文字を小さくした。頑張って読み給え。
予は芸術に造詣が深い。
よって芸術とは何たるかを簡潔に教えて進ぜよう。
芸術とは、
「豊かで退廃的な生活を営む者が思い付きで愛でる全く無駄なもの」
全般を指す。
芸術家とは、
「自意識過剰な自己愛性人格者による公然自慰行為の押し売り」
である。
芸術愛好家は、その芸術家達の自慰行為を楽しむ鑑賞者達の総称であり、予もまた豊かであるが故に多少、興味がある。
要は、日々の生活に喘ぐ民草にとっては全く無意味で不必要な代物。
言い換えれば、無駄の象徴、だな。
また、無駄である事を愛でたり、収集したり、表現したりする行為には“知性”がなくてはならない。
兎角、感性にばかり集約されがちな芸術ではあるが、知性があって初めてそれを認識する事が出来る、無駄である、と。
従って、畜生には決して理解出来るものではないのだ。
さて、その無駄の象徴とは言え、芸術と呼ばれるものには重要なファクターがある。
それが、共感、だ。
共鳴でも共有でも良いのだが、共感者が多ければそれは象徴、つまり、シンボルとなって“芸術”と成る。
しかし、共感者が少なければそれはシンボルには成り得ず、只の“無駄”になってしまう。
同様に、既に共感者を多数獲得している芸術家や社会的影響力を有する芸術愛好家の支持が問われる。
即ち、共感者の分母が大きければそれは芸術であり、分母が小さければ屑となる。
Q. さて、このChim↑Pomとかぬかす連中の自慰行為は、果たして芸術なのか、将又、屑なのか?
A. “屑”である(芸術家ではない)
以上!
と締め括っても意味が分からんか?
ま〜、芸術っつ〜もんは、分からん者に説明するもんじゃ〜ないし、説明は不要なんだが、予は人が良いので解説しておこう。
Chim↑Pomとか言うこの巫山戯た名の6人組は、確かに“表現者(パフォーマー)”ではある。
他人がやらない事を敢えてやる、他人が思い付かない事をやってみる。
この観点から言えば奴儕は表現者ではあるが、知性が欠落している為、共感者の分母を増やす事を自らの手で困難なものに陥れた。
世界で唯一の被爆国、その爆心地である広島市上空で、こともあろうか平和記念公園から「ピカッ」等と言う文字を描く巫山戯たパフォーマンスを撮影したのだ。
ピカとは、紛れもなく原爆の事を指し、奴儕はそれを承知の上で広島の上空に描いたのだ。
不愉快極まりない!
これは芸術ではなく、“悪巫山戯”だ。
ガキの悪戯、目立ちたがり屋が調子に乗ってはしゃぎ、とうとう世間を敵に回した。
芸術の名を借りて注目されたい、只それだけのアホ。
碌でもない連中だ。
この屑共の活動を見れば、その悪巫山戯振りが分かる。
カンボジアの地雷でブランド物を爆破させ、渋谷でドブネズミを捕らえピカチュウに見立てた剥製を作り、カラスを集めて喜ぶ。
奴儕は不吉なものが好きな様だな。
尤も、メンバーの女が只管ピンクのゲロを吐き続けるのは汚ね〜AVの様だが。
会田誠の下に居たそうだが、一体何を学んだんだ?
日本の芸術は10年遅れている、とほざいている様だが、奴儕の様な輩が居るから日本の芸術は遅れるんだ。
奴儕を擁護する奴は判断力が相当鈍っている。蒙昧と言っても過言ではない。
恐らく、この事件を取り繕う為に、奴儕は“芸術”と言う言葉と同じ様に“平和”と言う言葉を軽々しく使う事だろう。
アホが何をやっても良いが、二度と芸術と言う言葉を使うな!
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硫酸でもかぶればいいのに。。。。
ってそれぐらい過激にコメントしてしまうほど、
腹がたって仕方が無いニュースでした。
TBありがとうございます。
困った連中です。
TBありがとございました。
芸術と悪戯は紙一重。
でも、これはあまりに度が過ぎる悪戯・・・・どころか、一種の犯罪じゃないか?とさえ思います。
公然わいせつ罪があるように、
公然不快罪があってもいいかと思いました。
こう言うワルガキは大人がしっかりと監督して行く必要がありますね。
こんなお調子者が持て囃される事のない社会が、健全な芸術を育む、と願っています。
ありがとうございますというのはTBをしてくれた事に感謝しているものではなく。
ここに書かれていた事が大変興味深い内容であったからです。
つまらないところには、なんの感謝もいたしません。
ただロムって終了
ここは大変勉強になりました。
でもちょっと遅すぎでしたね。
失礼しました。